ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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 第二章 海賊・逆十字のフォーダート  
 1,学者の都市・イアード=サイド
 イアード=サイドは大きな湾に面したきれいな街である。この国の頭脳の集まる場所とされており、研究施設や大学などが集中していた。理系から文系までそれは実に幅広い。中央の市役所の役割も兼ねている円柱型の高層ビルは「センターホール」と呼ばれる建物で陽光に照らされて銀色に輝く様子はSF小説の中に出てくる建物のように見えた。
 港もあり、当然船乗りもいたが、例のごとく荒っぽい連中は見あたらない。みな、きれいな上等の服に身を包み、上品そうな物腰で、きっちり整えられた髪や髭が連中との違いを良く表している。だからといって彼らの中に「賊」といわれる連中がいないということではない。上品だろうが下品だろうが悪党という物はどこにでも居るのである。この風光明媚な理知的な街の裏側でとんでもない取引が行われているのもまた事実であった。
 静かに波が押し寄せる港に面した通りを二人の若者が歩いていた。きっちりした貴族の子弟といった服装でこの町の学生風である。金の縁取りのついたベレー帽とコートのデザインは二人ともほぼ同じであるが、片方はグリーン、片方は紫だった。紫の方はひょろりとした金髪の男で、見た目にもやる気がなさそうな覇気のない青年である。顔にそばかすがあり、なんとなく地味な顔だが、利口そうな印象がした。
 もう一人はおっとりした小太りの男でオレンジに近い金髪に青い大きな目をしていた。人畜無害さの漂う善良な一般市民の典型的なモデルといった感じである。平和そうでのんびりしている。
 貧弱なはティース、おっとりしているのはディオールといった。
ティースの方が何かに気付き、挙げた右手を大きく左右にふるった。前から男が一人やってくるのだ。
 貴族ふうのデザインの礼服を着込んだ黒ずくめの男が軽く右手を挙げ返す。どこかの伯爵風に遠目には見えるその服装は黒い上着に黒いマント、しろい羽根飾りのついた黒のダルタニャン帽を目深に被っていた。遠くからでもその帽子があまりにも右に傾いているのに気付くだろう。そのせいで右目は完全に帽子の陰に隠されていた。いや、それだけではない。その男は右目の付近に何十にも包帯を巻き込んでいた。よほどの大けがでもしているのか、右半面を見られたくないのかのどちらかだろう。見える方の左目は深いコバルトブルーに輝き、帽子から覗く髪の毛は明るい栗色をしている。口ひげは丹念にそろえられ、どこも崩してなどいないのだが、何となく自堕落な流れ者くさい香りが男の全身に漂っている。
 年は三十過ぎくらい、腰に差し回した刀は船乗りの使う物である。
 ティースはあわてて男に駆け寄った。
「おかしら!なあにやってんですか?急に消えちまうからあわてましたぜ。」
小声でささやいたティースを「おかしら」はうっとしそうに首のスカーフをゆるめながら、視線をしたに下げてみた。長身なのでどうしても下目使いになるのである。
「いや、なにな。退屈だったから散歩してきたんだ散歩。」
とかいいつつ手に持っているのはどこから手に入れたのかわからない黒色火薬の入れ物だ。のんきに左目で瞬きし、半分眠ってそうな視線で後ろから慌てて追ってくるディオールに焦点を当てる。
「おかしらは本っ当に危機感てえ奴がないんだから!そんな悪党面、人に拝まれりゃ正体がばれますぜ?
散歩なんてくだらないことどうでもいいじゃないですか。」
 小声だが、ティースはきつく詰め寄った。
「そこまでいうなよ。この顔は生まれつきなんだぞ。直しようがねえんだから。整形したってむりだぜ。」おかしらはなだめるようにいって、黒色火薬の入れ物を振り回した。
「これいいだろ。そこの骨董屋で買ったんだ。昔の船乗りが使ってた火薬入れだ。あーオレも大航海時代に生まれたかったなあ。今よりゃ儲かりそうだし、船が帆船でかっこいいしな。なんて、はははははは。」
 あくまで危機感のないおかしらにティースは首をすくめた。ご立派な海賊様が大航海時代の船乗りに憧れて骨董品をかっこいいからなんて後生大事に持っている姿はあまり格好良くない。何というか、値打ちが下がる気がするのだ。仕方なくそのふがいないおかしらの上から下までをじっと見つめてみた。
 どうしてもアウトロー臭さが抜けない。きっと素から不良なんだろうが、悪党面というより全身から流れ者だとかならず者だとかそう言う感じがしてしまうのだ。つまり風貌がすでに悪党なのである。しかも今は貴族風の格好をしているから、芝居の海賊のおやだまがそのまま現実に飛び出てきたようで何となくおかしかった。そんな彼の思惑も知らないおかしらがのんきな声で尋ねてきた。
「オレの事いうならよ、お前らは何やってたんだ?」
「散歩です。」
やっとこさ追いついたディオールがそう応えるとおかしらは愉快そうに笑ってこの服装にふさわしくない乱れに乱れた言葉で返すのである。危機感どころか本性を出しすぎだ。
「何でえ、結局お前らだって同じじゃねえか。オレのこと言えた義理じゃあねえぜ。」
ガタガタに乱れた言葉にディオールが困惑して遠慮気味に注意する。
「おかしら・・・ちょっと言葉が乱れてますよ。そんなしゃべり方すると・・・。」
フォーダートは慌てて口をつぐみ、こほんと咳払いした。
「そ、そうだ。今オレは貴族なんだよな。正体をばらしちま・・・ばれたら大事だな。」
(この分じゃばれるのも時間の問題だな。)
 クールなティースはそう思ったが、あえて口にはしなかった。
「おかしらの場合、怪しまれて素顔見られたらおわりですぜ。だてに『逆十字のフォーダート』なんて名乗ってねえんですからね。」
小声でそう言いながらティースはにやついた。フォーダートは苦笑し、「馬鹿」と軽くつぶやいた。
「その物騒な名前は口に出すなよ。それにオレが名乗ったわけじゃねえ。勝手に周りがそう呼びやがったんだ。」
言ったそばから口調ががたがたである。気がつくとスカーフはゆるめられ、上着の袖は二の腕まで押し上げられている。ティースは首をすくめ、注意しようか迷うディオールを引き留める。
(ま、貴族の放蕩無頼の不良三男坊には見えなくないかな。ぎりぎりで。) 
ティースはそう思いつつため息をつく。
「ま、一般人にはばれないでしょうがね。一般人には名が売れてないんでしょ?」
「言ってくれるな。」
フォーダートはそんな無礼を注意するどころか、にやついている。
「オレがそんなにマイナー勢力だってことか?相っ変わらず口のへらねえ奴だな。おまえはよ。」
 ディオールはその二人を眺めながらこう思うのだった。
(全く。おかしらが甘いからティースの態度が改まらないんだ。たまにはビシッと言ってほしいんだけどなあ。おかしらって顔に似合わず甘いんだから。ティースはつけあがるタイプなんだし。)
 そんな手下の懸念を知るはずもなくおかしらこと逆十字のフォーダートは、ゆるめたスカーフの先をつまんでひらひらさせた。
「しっかし、礼服ってのは体に悪いよな。こんなのを毎日来ている連中の気が知れねえぜ。」
着崩している奴に言われたくないセリフ・・・しかし当人にとってはこれでも充分着心地が悪いのである。何しろ普段が普段なだけにちょっとでもフォーマルな服を着るとやたらと疲れてしまうのだ。
「まあ、イアード=サイドに忍び込むにはこのくらい必要だがな。」
「でも、辺りに同業の人が居ませんね?」
フォーダートはディオールに向けてクッと笑った。
「見かけじゃわかんないだけさ。たとやあ、そうだな。彼処にいる男。」
フォーダートは視線を十メートルほど向こうにある中型船に向けた。そこで船員に命令を下す男がいる。
「あれは麻薬の密輸専門のルシッグって男だよ。実際に一等航海士だし、インテリ風な顔なもんだから見分けがつかねえのさ。ま、人は見かけによらねえって事だ。」
「え!あの人が?どう見たって普通の一等航海士ですよ?」
「それがこの町の特色だ。他の所みたいに外見で正体が割れる奴ならいいが、割れねえ奴らしかいねえから厄介なのさ。」
 フォダートはそんなことをいってから、思い出したように振り返ると手下に笑いかける。
「まあ、しばらく観光とでもしゃれ込むか。」
「でも、ここに何か目的があるって言ってませんでしたっけ?」
気の利くティースがこの人また忘れてるんじゃないだろうかと心配して声をかける。黒ずくめの男はニヤリと笑って手下に応えた。
「まあ・・な。ともかく奴らに会って見なきゃわからねえが・・・。」
「奴ら?」
「そろそろついてもいい頃だがな。まさかとは思うが、どっかで燃料が切れたかな?」
そう言って彼は少し首を傾げて、青い空を仰ぐのだった。
 
 そこはちょっとした平野だった。一機の複葉機が止まっている。
「あーこりゃダメだ。燃料がきれてるぜ。」
のんきなアルザスの声が背後から聞こえた。アルザスは操縦席に首を突っ込んで計器類とにらめっこしている。不機嫌にライーザは複葉機にもたれかかりながら、危機感のなさそうなアルザスにあきれる。
 ヴェーネンスを出発してからここで一泊野宿したわけなのだが、それはここまでが限界だったとも言える。あとイアード=サイドまでは約五キロ。遠くはないが、近くもない。
「後一キロくらいなら飛べるかもな。」
「一キロ先で不時着できなかったらどうするのよ!命がかかるわよ!」
アルザスの申し出にごく現実的に応えるライーザはすっかりおかんむりである。
「それもそうだな。じゃ、歩くか?」
「もう!なんで燃料入れてこなかったの?」
「そんな暇あったかよ?」
アルザスはむっとしてライーザに聞き返す。
「だいたい、あのサーペントって奴がしつこいから悪いのよ!」
「そりゃそうだ!全てはあいつが悪いっ!」
精一杯ライーザに同意しつつ、当面の危機が去ったことに感謝しながらアルザスはリュックを背負った。
「仕方ない。こうなりゃ歩くぜ。」
「しっかたないわね。」
 ライーザが渋々腰を上げた。
「あたし、お風呂入りたいなあ。」
「ぜーたくいうな!旅に不潔は付きも・・・・・あ、いや、前言撤回。」
威勢よくいっといてからライーザが恐ろしい目で睨んでいるのに気付き、アルザスは慌てて言い直す。
「イアード=サイドで一泊するからそん時に風呂でもサウナでも入ればいいだろ。」
わざとらしく咳払いしてみる。
「そう言うことなら我慢したげるわよ。」
ライーザはそのアルザスのばればれの態度にくすくす笑った。
 複葉機はとりあえずそこに置いて、二人は荷物を担いでイアード=サイドへの道を歩きだした。当然というかアスファルト等があるわけなく土肌が見えて石がごろごろしていた。
 この日の朝食は行儀悪く歩きながらである。ヴェーネンスから持ってきたいわゆるコッペパンをかじりつつ、アルザスはライーザに話しかけた。
「昨日の内にいろいろあったけどよ、このわけのわかんねえ地図って一体何なんだろうなあ?」
「あたしに訊かれてもね。でもあたし小さい頃、こんな伝説を聞いたわ。
  地図を持つ者・・・世界の財宝を手にす
  地図の宝を駆使する者・・・世界を思いのままにす
って奴よ。あたしの想像だけどなんだかその見つけられる宝の中に強力な兵器があるんじゃない?」
同じくコッペパンをかじりながらライーザが言った。アルザスは急にからかうような表情になる。
「お前、SF小説の読み過ぎじゃねえのか?そんなわけねえだろ?」
「なによ!その言い方!でも実際兵器が埋まってたらどうするのよ!」
 ライーザはむっとしたついでにすかさずアルザスのはちまきを引っ張った。
「お、おい。ば、バランスが・・・。」
「あんたの事なんてどうでもいいの!」
後ろに重心を取られたアルザスのはちまきを今度は急に放してみたライーザ。当然のことだが、アルザスはこけかける。かろうじてバランスを取ったアルザスが安堵のため息とともに「オレもなかなかやるじゃないか」などと自画自賛している間にライーザは五メートル先を歩いていた。思わず慌てていう。
「おい、待てよ!オレ、イアード=サイドに行ったことないんだよ!おいてくなよ!」
 ライーザはイアード=サイドに行ったことがあるらしい。案内してもらわなければわからない。それからいくら生意気で度胸のすわっているアルザスでも一人で都会に行くのはどうも気が引けるのである。道に迷ったら戻れなくなりそうだ。
 平野をどんどん歩いていき、太陽が南中する頃にはイアード=サイドの門が見えた。建物が銀色に光って見えた。なんて無機的な都市なのだろう・・・。機械的でさぞかし合理的そうな都市なのだ。そうそう、こんな建物を昔見たことがあったっけ・・・。
「SF小説の挿し絵みたいだな。」
 アルザスが漠然と感想を述べる。特に真ん中、円柱形の高層ビルが特に小さい頃見た本の挿し絵のようだ。あんな建物見たことがない。
「別の星に来たみたいだよな。同じ国でこんなに格差があるのかよ?」
「あんたって意外にロマンチストなのねえ。」
あまり感激しない質のライーザはどうでもよさような目でアルザスに視線を送る。
「じゃ、行くわよ!あそこはセンターホールって言うの。ここの住人の情報が全部入ってるビルなのよ。彼処に行けばきっとヨーゼフ=ネダーって人の住所がわかるわよ。」
「彼処に行くのか?」
「そうよ。ついでに観光もできるでしょ?展望台に昇るのも悪くないわ。」
「なるほどな。」
「さ、行きましょ!」
ライーザは強引にアルザスの服の袖を引っ張った。
「お、おい。強引だな。」
まだ賛成もしていないアルザスの意見を一切聞かず、ライーザはとりあえず彼を引っ張っていくのだった。センターホールの円柱形の建物はガラス窓で陽光に反射しながら、二人が行き着くのを待っていた。たしかにそこにはある偶然の出来事が待っていたのである。
  
 ティースはカフェオレを飲みながら向かい正面でオレンジジュースを飲んでいたディオールに声をかける。ティースの表情は珍しく神妙だった。
「なあ、近頃おかしら・・おかしくないか?」
「え?なんだって?」
ディオールがあまりにもおっとり訊いてくるのでティースはいらだち小声でもう一度言う。
「だからな、おかしらの様子がおかしいんだよ。いつもはもっとぼんやりしてるのに最近はちょっと冴えてるじゃねえか。」
「そうかな?」
「鈍い!お前は鈍い!おかしらは元々謎だらけの人だけどあんな目はしなかったじゃないか。昨日帰ってきた時、すごく鋭い目つきになってただろ?」
「ああ、その時、僕、おかしらの夜食つくってたから。」
「だから、見てないってのか。」
 ティースは頭を抱え、のんびりすぎる相棒を見やった。同じ孤児院でずっと一緒に暮らしたいわば兄弟のようなディーオールだがどうも鈍いのだ。昔から。放っておくと誰にでもだまされるのではないだろうか?「うん。でもたしかに最近ちょっとおかしいかな?」
「そうだろ?そう思うだろ!」
 ティースはテーブルに手をついて身を乗り出した。そのとき上の方から声がした。
「何がそう思うんだ?」
 フォーダートがいぶかしげに二人を覗いていた。手のトレイにはサンドイッチが三種類とジンジャーエールが乗っていた。念入りに巻いた右側の包帯が帽子の影からちらちら見える。このしゃれた軽食堂でもフォーダートは帽子を取らなかった。包帯に黒ずくめの衣装、腰の剣。普通の客からは当然不気味がられている。もっともフォーダート本人はそんなこと慣れてしまっているのだが。
「いえいえ、別に。」
 ティースは、すぐに知らぬ振りをする。フォーダートは首を傾げつつ、トレイをテーブルに置いた。ウエイトレスから直接もらってきたらしい。そのウエイトレスがどれほど怖がっていたかなんとなくディオールにはわかるのだが、それを考慮してフォーダートが先に気を利かせてもらってきたに違いない。
 ・・・・・しかし・・・・・と、手下二人は思う。
 自分たちはこのおかしらの事を一体どれくらい知っているだろうか?生まれ故郷も、家族も、何も知らない。フォーダートは訊けば教えてくれるだろう。別に過去を話したがらないタイプではなく、自分からも少しなら話すからだ。
 ただ、フォーダートにもどうも孤独な影がまとわりついている。天涯孤独の人間に境遇を訊くのを同じく天涯孤独な二人は意識的に避けていた。
 二人にとってはこのフォーダートという男がどんな境遇であれ、普段のように不器用で浮いた話が無くてぶっきら棒でちょっとドジなところが気に入っていたのだから。いままでそれは関係なかった。フォーダートの海賊らしい一面を見るのは「お仕事」の時だけだが、そのほか博打やなにかで遊ぶことがないので略奪行為とその言動を除けば彼は一般市民よりまじめかも知れない。とにかく近所のちょっとした不良兄貴といった感じの彼を二人は未だに悪党とは思えないのだった。例え彼が過去どんな悪党でも下手な警官より信用できる・・・と警官と軍隊が嫌いなもとスリ、ティースは踏んでいた。
 フォーダートは上機嫌でノンアルコールの飲み物を飲みながら、右手で頬杖を突いていた。
「おかしら。あの・・ここで誰かお待ちで?」
「まぁな。」
フォーダートは短く応え、サンドイッチをかじった。
「そうだな。ちびで生意気な小僧と顔はかわいいが度胸のすわった小娘。とでも言っておこうかな?」
「そんな二人に何のようです?」
 ティースの追求にフォーダートはちょっと引きつったように笑った。
「お前って奴は相変わらずしつこいな。そこまで知りたいってならいっそお前の手を借りようか?」
「?」
ティースは突然のフォーダートの申し出に首を傾げた。フォーダートは頬杖を突いてジンジャーエールを口に運びながら、ニヤリと笑った。
「オレはなるべくやらせたくねえんだが、今回だけは特別だ。」
フォーダートの意味ありげな言い方に手下二人は少々不安げに彼らのおかしらをまじまじと見つめるのだった。

   
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